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解決市場経営塾 第1回「経営者に必要な“第3の目”」/経済ライター 江口一樹

2020.11.26

新型コロナウィルスの感染拡大を皮切りに、日々、激しく変化し続ける日本経済。その中で、福岡・九州の中小企業の経営陣が持っておくべき経営視点とは何か。日本経済新聞社の記者を経て、帝国データバンクで5000社を超える企業倒産を取材してきた江口一樹氏による連載コラム。

新型コロナウイルスを“予言”したレポート

未だに感染拡大が続く新型コロナウイルスだが、この今世紀最大のパンデミックを2年前に正確に“予言”していたレポートがあることをご存じだろうか。米ジョンズ・ホプキンス大学の健康安全保障センターがまとめた『パンデミック病原体の諸特徴』(パンデミック報告書)という報告書がそれだ。

同報告書では、「地球規模の破滅的な生物学的リスク(GCBR=Global Catastrophic Biological Risk)」という概念を提示。GCBRを引き起こす病原体の特徴として、1高い感染力、2低い致死率、3(ワクチンや治療薬など)効果的あるいは広範囲に入手できる医学的対策の欠如、4住⺠に免疫がない、5病原性因子によって免疫システムを回避できる、6呼吸器系疾患、7潜伏期間中に感染する能力があるか、軽傷の段階でさらなるまん延を引き起こす、の7つを挙げている。

まるで新型コロナウイルスが同大学の実験室で生成されたかのような正確な予想がなぜできたのか。そこには経営者にも必要とされる“第3の目”があったと筆者は見ている。

「魚の目」は仮説構築力

経営者にも必要とされる“第3の目”とは何か。そもそも、人が持つ”目“には、「視座」「視野」「視点」がある。その中で、経営者に必要な”目“は、「物事を見る姿勢や立場」である「視座」だ。

視座といえば、「鳥の目、虫の目」という言葉をよく耳にするだろう。空に舞う鳥のように全体を俯瞰する、いわばマクロを見る「鳥の目」と、地面を這う虫のように局所を注視する、いわばミクロを見る「虫の目」。昔から日本人経営者はこの複眼的な視座を備えていて、一時は日本を米国に次ぐ第2位の経済大国に押し上げた。

ところが、わが国の大企業は、21世紀に入って国際的な競争力を急速に失う。前年の売上高でランキングするフォーチュン誌の『グローバル500社2020年版』をみると、日本でランク入りしているのは53社。149社がランク入りしていたピークの1995年と比べると、およそ3分の1しか入っていない。同様に1995年と2020年を比較した場合、中国が伸びてきた(3社→124社)こともあるが、米国企業は151社から121社と2割減にとどまる。

複眼的な視座に優れた日本の企業経営者に何が足りなかったのか。一言で言えば「先を見通す目」が失われたことだ。「先を見通す目」は「魚(さかな)の目」と呼ばれる。太陽の光が届かない海の中で、魚は何を頼りにエサを探し、捕獲者から逃げることができるのか。

「潮の流れを読む」のだ。「トレンドを読む」と言い換えてもいい。それが「鳥の目」「虫の目」に次ぐ「第3の目」だ。

第二次世界大戦後、世界ではほぼ10年単位で経済危機が起き、それに伴って社会全体の価値観が劇的に変化する「パラダイムシフト」が起きる。直近では、2008年のリーマン・ショックであり、今回のコロナ禍だ。

トレンドを読むのに必要な能力は、「仮説構築力」だ。それも「風が吹けば桶屋が儲かる」といった飛躍した、一般人が考えないような仮説だ。例えば、「自動車の自動運転技術が発達するとどうなるか」を考えた場合、「運転手需要が減る」という結論でとどめるのではパラダイムシフトを超えられない。「交通事故死が減って臓器提供者が少なくなり、人工臓器の需要が増すのではないか」といった発想が生まれるかどうか。

現場を回り、歴史を学ぶ

では、「魚の目を持つ=仮説構築力を鍛える」のに必要なものは何か。先に答えを言うと、「現場を回ること」と「歴史を学ぶこと」に尽きる。

前述の報告書『パンデミック病原体の諸特徴』は、文献調査と現場と歴史をよく知る専門家へのインタビューから構成されている。医療「現場」にいる彼らはインフルエンザだけでなく、2002年に中国広東省で発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)、2012年にサウジアラビアで最初の患者がみつかったMERS(中東呼吸器症候群)という「歴史」から予測を立てた。

まずは「現場」について考察してみたい。現場重視で思い出すのがソニーの創業者の1人、盛田昭夫氏のエピソードだ。

1979年に発売されたソニーの「ウォークマン」は、もう1人の創業者である井深大氏が海外出張の際の飛行機で聞くものがないかと、オーディオ部署にいた大曽根幸三氏(ソニー元副社⻑)に尋ねたのがきっかけだ。録音機能もスピーカーもない再生専用のヘッドホンステレオの開発を誰もがいぶかった。テープレコーダー=会議用と発想していては売れるとは到底考えられなかっただろう。そうした中、盛田昭夫氏だけは、「これはおもしろい」と感じて、「大学生の夏休み前に作って売り出せ」とハッパをかけた。

盛田も「絶対売れる」とはさすがに言えなかった。ただ自分の嗅覚とひらめきは信じていた。自分の子供たちが、家に帰ってきてまず真っ先にすることといえば、部屋のステレオのスイッチを入れることだ。「若者と音楽のつながりを増すこのウォークマンは、きっと売れる」

(ソニーについて第6章「理屈をこねる前にやってみよう<ウォークマン>」より)

米国滞在経験の⻑い盛田氏の脳裏には、大音量で音楽を流すラジカセを抱えてニューヨークのブロンクスを闊歩する大男が浮かんでいたに違いない。

大曽根氏はその後のソニーについて、日経ビジネスのインタビューでこう答えている。

―冷静に考えてみてよ。井深さんや盛田さんの時代には、トランジスタラジオやウォークマンが出てきて、岩間さんはイメージセンサーの走りを作った。そして大賀さんはCDなどを世に出した。だけど大賀さんの後のソニーの経営トップはみんな、歴史に残るような製品を何も出せてない。技術が分からないトップが就任すると、こうなるってことだよ。

「技術」を「現場」に置き換えてみると、メーカーだけの話から全産業に通じる話になる。
では「歴史を学ぶ」とはどういうことか。

―歴史は決して繰り返されませんが、描かれた現在の万華鏡のような組み合わせは、しばしばアンティークの伝説の壊れた断片から構築されているようです。

「トム・ソーヤの冒険」で有名な米国の作家、マーク・トウェインは、隣人のチャールズ・ダドリー・ワーナーと共同執筆した『金メッキ時代』でこう記している。一般的には「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」という言葉で有名だろう。

新型コロナウイルスに話を戻したい。世界規模でパンデミックを巻き起こした伝染病は、中世のペストと第一次世界大戦時のスペイン風邪が有名だ。ライフネット生命保険の社⻑を務め、歴史に詳しい出口治明・立命館アジア太平洋大学学⻑は、日経BPムック『アフターコロナ」(日経BP刊)の「パンデミックが人類史を前に進める」と題した記事で、中世のペスト流行は、「祈りが足りなかった」という反省から「宗教改革」をもたらす一方、「悲惨な状況でも神様は助けてくれないから人間を頼ろう、今を楽しもう」という気持ちが「ルネサンス(文芸復興)」を生んだと分析する。

歴史が韻を踏むなら、宗教改革がDX(デジタルトランスフォーメーション=デジタル変革)だとすると、ルネサンスは働き方改革、生き方改革と読み替えることができる。

「歴史」に関してもう1つ、有名な言葉を引用したい。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」

ドイツの鉄血宰相、オットー・フォン・ビスマルクの言葉とされるが、実はこの言葉も正確ではない。ビスマルクが遺したのは、

「愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む」

ビスマルクが言うように、「他人の経験」も「歴史」に含まれるというのが真理だと考えるべきだ。そしてその多くは失敗経験だろう。

現場でみつけたヒントを元に、(他人の経験を含む)歴史に照らし合わせながら優れた仮説を構築することによって、パラダイムシフトを乗り越える。それに必要なのが「第3の目」である「魚の目」だ。


Profile

経済ライター
江口一樹(えぐち・かずき)

1960年佐賀生まれ。福岡県立東筑高校、早稲田大学第一文学部卒。1983年日本経済新聞社に入社、1988年帝国データバンクに転職。同社福岡支店情報部⻑、東京支社情報部⻑を歴任して2015年退職。現在、経営コンサルタント、経済ライター、セミナー講師を務める。中小企業診断士。