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解決市場経営塾 第5回飲食店を例に考える企業のDX化/経済ライター 江口一樹

2021.04.27

新型コロナウイルスの感染拡大を皮切りに、日々、激しく変化し続ける日本経済。その中で、福岡・九州の中小企業の経営陣が持っておくべき経営視点とは何か。日本経済新聞社の記者を経て、帝国データバンクで5000社を超える企業倒産を取材してきた江口一樹氏による連載コラム。

マーケティング戦略に基づいたDX化の手順

経済産業省が2020年5月に開催した第3回産業構造審議会に提出された資料によると、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で売り上げが減少した企業割合が最も多かったのが飲食店であった。もともと、飲食店は中小企業が多いうえ、労働集約型産業でもあり、DX化が遅れている業種の1つといえる。
そこで今回は、飲食店のDX化をマーケティング戦略・施策立案のフレームワークに則って検討してみよう。前回までに紹介した「高付加価値化に向けたDXの具体的事例」(前編後編)はマーケティング施策で活用する。

マーケティング戦略とは、ひと言で言えば、「誰に、何を、どれくらいの対価で、どのように提供していくか」を決めるものだ。マーケティング戦略・施策を策定するにあたっては、「環境分析」「戦略立案」「施策立案」の3つのステップを踏む。このステップをおおまかにまとめたものが下図だ。

店舗の概要は以下とする。

SWOTによる環境分析

マーケティング戦略を策定するにあたって最初に行うのが環境分析だ。マーケティングの対象となる環境を、市場・競合・自社の観点から分析することにより、自社のマーケティング機会を発見する。一般的には「SWOT分析」を用いる。SWOT分析とは、市場などの外部環境と自社の内部環境を「強み (Strengths)」「弱み (Weaknesses)」「機会 (Opportunities)」「脅威 (Threats)」 の4つのカテゴリーで要因分析し、事業環境変化に対応した経営資源の最適活用を図る経営戦略策定方法の一つだ。

なかでも新型コロナウイルスの感染防止対策は、現時点では最大の脅威といえる。消費者が外食時に店を選ぶ基準については、下記のグラフ「外食時に店を選ぶ基準」にあるような感染対策を取る必要がある。

STPによるマーケティング戦略の立案

次に、環境分析の結果を受け、「STP分析」を行って自社が向かうべき方向を決め、自社の存在価値を明確化する。このSTP分析とは、「Segmentation(セグメンテーション、市場の細分化)」「Targeting(ターゲティング、標的市場の選定)」「Positioning(ポジショニング、市場地位の明確化)」の頭文字を取ったもので、マーケティング戦略立案で使われるフレームワークの一つだ。

セグメンテーション

市場の細分化を行い、同じニーズを有する単位(セグメント)に顧客を分ける。年齢や性別などの「人口動態変数」、市町村などの「地理的変数」、価値観やライフスタイルなどの「心理的変数」、商品やサービスの使用頻度などの「行動変数」の4つで分けるのが一般的だ。「人口動態変数」と「地理的変数」はできるだけ標的市場に焦点を当てた最新のデータであることと、「心理的変数」と「行動変数」の中に見えるニーズに注目する必要がある。

まず、店舗が立地している百道地区の「人口動態変数」をみてみる。年齢階層別比率と世帯人員別世帯比率をみると、全国平均より「40代の4人世帯」、つまり子育て世帯と、「単身世帯」が比較的多いことがわかる。こうした数値は全国ベースでは総務省統計局の「日本の統計」、福岡市の市町村別では住民基本台帳で調べることができる。公的統計は大半が加工しやすいExcel形式でダウンロードできるので、ぜひ活用したい。

百道地区のデータは、あくまで徒歩で来店する第一次商圏だ。「出前館」などの宅配代行サービスの配達可能エリアである半径2.5キロメートルが第二次商圏になる。ここでは省略するが、第二次商圏分析も行うとよい。どの町が商圏に入るかを調べるには、「きょりタン」が便利だ。

次に新型コロナウイルス感染拡大後の最も重要な「行動変数」として、新型コロナ感染拡大後の消費者の食品宅配や宅配代行サービス(フードデリバリー)の利用状況を調べる。クロス・マーケティングが2020年11月26日に公表した「食品宅配サービス・フードデリバリーに関する調査」を参考にした。

「フードデリバリーの利用経験がある」と答えた比率は39.7%、このうち「新型コロナ感染拡大後に利用頻度が増えた・利用を開始した」と答えた比率は30%に達した。利用状況を年代や世帯別で見ると、「女性」「既婚」「同居している子どもがいる」で比較的多いことがわかる。

同調査によると、利用したことがあるデリバリーサービスは、「出前館」(32.0%)が「Uber Eats」(23.1%)を上回る。回答率が最も高い「店舗に直接依頼」(47.6%)は、宅配が前提のピザ・宅配寿司チェーンと考えられる。

また、フードデリバリー利用時の懸念点は、全体で「配達料金が高い」が30.6%で最多。40代では33.2%とさらに高くなる。

ターゲティング

セグメンテーションがターゲット層を「分ける」作業であるのに対して、ターゲティングとは市場の中から狙うべきターゲット層を「絞る」作業だ。市場の違いを無視して同じ商品・サービスを提供する「無差別型マーケティング」、複数のセグメントされた市場に、それぞれのニーズにあった商品やサービスを提供する「差別型マーケティング」、限られた市場に集中してマーケティングを行う「集中型マーケティング」の3つに分けられる。このケースは個店で小資本であるため、「無差別型マーケティング」はありえない。来店客と宅配サービスを複合した「集中型マーケティング」がいいだろう。

標的顧客は市場細分化した結果を踏まえて、ペルソナを設定するとイメージがより鮮明になる。

ポジショニング

標的とすべきセグメントにおいて競合する製品やサービスに対し、自社の製品やサービスをどう差別化するのかを決定する。

イタリア料理店Aでは、ライバル業態を「宅配」の有無、「単価」の高低で分析した。新型コロナウイルスはワクチン普及後もすぐに終息するとは考えにくく、外食自粛・宅配偏重は続くとみられるからだ。従来の宅配市場は、寿司を除いて蕎麦やピザなど比較的安価な軽食が多い。イタリア料理店Aが狙うのは、高価格の実店舗と高価格宅配市場だ。

STP分析で検討した結果、イタリア料理店Aのマーケティング戦略は、
1 誰に→近隣の子育て世帯に
2 何を→店舗・宅配双方でおいしいイタリア料理を
3 どのくらいの対価で→比較的高単価だが、サブスクなどのお得感ある価格体系を交えて
4 どのように→安心で便利を追求したDX化によって

提供していくものとする。

店舗コンセプトはこうだ。

「安心・おいしい・便利なハイブリッドイタメシ屋」

DXを活用したマーケティング施策の立案

決定したマーケティング戦略を基に、標的とするペルソナにどのようにアプローチしていくか。前回までに紹介した「高付加価値化に向けたDX具体例」を参考にしながら、マーケティング施策を立案決定する。立案する際は、自由に発想することが肝要だ。優れた事業やサービスは、往々にしてとんでもない発想から生まれるものだ。立案したアイデアは、「KJ法」で整理する。
※文化人類学者の川喜田二郎氏によって考案されたアイデア発想法。1枚の紙に1つずつアイデアを書き込んでいき、それぞれの位置を移動させながら、全体を俯瞰して整理整頓していく。

立案したあとは、「重要度」と「実現可能性」を軸にした「検討マトリックス」に分類する。「緊急性」や「コスト」を軸にして検討してみてもよい。

決定したマーケティング施策は表の通りだ。

DXはスピードが命だ。新型コロナウイルスの感染が終息した時点では、すでに勝負はついているはずだ。また、例に挙げた飲食店のようにDXが遅れている企業や業種ほどその効果が大きい。自社のマーケティング戦略を立案するためのデータやツールは比較的簡単にインターネットで探すことができ、しかも大半が無料だ。人任せにせず、社長自らが陣頭指揮を執ってDX化による企業再生を図ってほしい。


Profile

経済ライター
江口一樹(えぐち・かずき)

1960年佐賀生まれ。福岡県立東筑高校、早稲田大学第一文学部卒。1983年日本経済新聞社に入社、1988年帝国データバンクに転職。同社福岡支店情報部⻑、東京支社情報部⻑を歴任して2015年退職。現在、経営コンサルタント、経済ライター、セミナー講師を務める。中小企業診断士。